少年時代

どうも!エセエチオピア人です!

 

 

 


なぜエセエチオピア人なのかという理由は前回の投稿を見ていただければと思います。

teruhiko-1993-02-02.hatenablog.com

 

 

そんなこんなで前回のブログでも書きましたが僕は

「ものづくり」が大好きでして、

いつからなんだろうなーと思い返してみると

ルーツは小学生までさかのぼります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、もちろん日本の小学校ですよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当時の水野少年は

 

特別に足が速いわけでもなく、

(マラソン大会では30人中27番目くらい)

 

勉強ができたわけでもなく、

(ちなみに高校は名前を書いたら入れると言われている高校に通ってました。名前が書けて本当によかった)

 

顔がいいわけでもなく、

(少年時代は顔の濃さは普通でした)

クラスで目立つタイプでもなく、

(ドッヂボールで最後までコートの隅をウロチョロしているような感じ)

 

 

 

 

。。。。。。。。。

 

 

 

 

というパッとしない少年だったんですね。

 

 

 

 

勉強ができる方ではない割に

真面目に授業だけは受けてたなーという記憶はあります。

 

 

 

 

ただね、

 

 

 

 

 

 

黒板の文字を写すだけ

 

とか

 

問いの答えが一つしかない

 

とか

 

授業の内容を覚えるだけ

 

っていうのがどうも好きじゃなかったんですよね。

 

 

例えるなら

自転車を漕いでいるときに名前も知らない小さい虫が顔に体当たりしてくる。

みたいな言葉にできない

んぁぁぁぁぁ!!もぅ!!!って感じですね。

 

 

 

 

ちなみにあの虫、ユスリカという名前で、人体には無害な蚊の一種だそうで、

その幼虫は水の中の汚れを食べてくれて水をきれいにしてくれるそうです。

むしろいい奴やん。ステキやん。

 

 

 

 

そんな水野少年にも好きな科目だけはあったんですね。

 

 

それが

 

 

 

 

 

 

 

『図画工作』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この問いの正解はこれだ!


とか考えずに自分の脳内にある混沌としたものを自由に表現できるあの感じが本当に大好きでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父親も休日によくDIYをしていて、実家のウッドデッキを手作りしちゃうレベル。

 

 

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画像は参照ですが広さはこれぐらい(しかも屋根付き)のウッドデッキが水野家にあります。

 

 

 

 

 

 

(あくまで参照画像なのでこれと同じウッドデッキを見つけても小石とか爆竹とか投げ込まないでね

 

 

 

 

 

そんな水野父の影響もあり、水野少年は

「ものづくりたのしい!!!」

と鼻水たらしながら言っていたわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして大きくなった水野少年はとある工業高校に進学するわけなんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 。。。。。。。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の投稿もそんな水野少年の鼻水のようにダラダラ長くなってきたので

ここらで切り上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回の投稿では先ほども軽く述べた高校時代について書こうと思います!

 

 


今回も読んでくれてありがとうございました!!

ではまた!!!